金融ベンチャーのMFS(東京・千代田)は、不動産投資ローンの借り換えサービスに加え、新たに不動産投資を行う人に向けた取り組みも始めている。不動産投資を始めようとする人たちの中には希望する物件を見付けても、銀行から融資が受けられずに見送ってしまう人も多い。この問題の解消のため、MFSでは物件購入前に個人の借入可能額がわかるバウチャー(借入可能額証明書)発行サービスに乗り出した。同社の新サービスと不動産投資市場での戦略をリポートする。(取材・文:不動産投資の教科書編集部)
・借入可能額の確認だけでなく物件購入もできる
胸からメールの着信音が聞こえた。都内の大手企業に勤めるAさんは、すぐにポケットからスマホを取り出す。不動産投資に興味を持ったAさんは、自分がどれくらいの金額のローンを組めるのかを確かめようと、借入可能額がわかるサービスに申し込んだのだ。メールは、そのサービスからの連絡だった。Aさんは自分のページにログイン。そこには
「借入可能額 5000万円 金利 1.575%」
という数字が示されていた。申し込みから1日。Aさんは自分が借り入れができるローンの額を確認することができた。
Aさんが利用したのは、MFSが2019年2月から始めた不動産投資ローンの借入可能額が把握できるバウチャー発行サービス「モゲチェック不動産投資 バウチャーサービス」だ。このサービスは、利用者がオンラインで自身の情報を入力することで、不動産投資ローンの借入可能な金額や金利を知ることができる。
「モゲチェック不動産投資 バウチャーサービス」の流れ(MFS提供)
具体的には、サービスを利用したい人が、MFSの専用ページにアクセス。氏名や勤務先、職種、勤続年数、給与収入などの約15項目の情報を入力する。MFSは、その情報を独自のアルゴリズムで分析し、利用者のローン借入可能額を算出。その情報を記載したバウチャーが利用者にオンラインで通知される。ローンの金利は現状で年1.575~1.675%(2019年5月時点)。バウチャーは最短で申し込みの翌日に発行される。
「このサービスでは金融機関と事前審査の連携も行っているため、精度の高い借入可能額と金利を提示できる」と、浦濱純一・コンサルティング事業部シニアモーゲージスペシャリストは説明する。利用者の借入可能額の平均は約6500万円。利用者数は非公開だが、平均年齢は35歳で、9割が上場企業に勤める会社員などだ。
サービスは借入可能額がわかるだけではない。MFSでは中古不動産の流通プラットフォームを運営するGAテクノロジーズ(東京・港)と提携。バウチャーを利用した人が希望すれば物件を購入できる仕組みも構築した。GAテクノロジーズとは、住宅ローン分野のサービスで取引があり、テクノロジーに強い点と物件の仕入れで信頼できる点を理由に手を組んだ。
物件を購入する場合は、GAテクノロジーズが、借入可能額の範囲内で過去の販売実績を参考に、AI(人工知能)が選んだ不動産を利用者に紹介する。紹介される物件は金融機関の審査基準に合ったものが提案されるため「希望した物件をスムーズに購入できる」(浦濱シニアモーゲージスペシャリスト)という。
ローンに申し込むための必要書類の準備や金融機関とのやり取りなどはMFSが代行。手続きについての利用者との連絡はオンラインのチャットで行う。オンラインですべてが完結するため、利用者は物件購入の手間を省くことができる。MFSはローンの契約が成立した時に、最低額を30万円として元本の1%を手数料として得るシステムだ。
「このサービスを利用すれば、希望の物件を見付けても銀行の融資審査に落ちたから買えなくなるという、これまでの不動産投資の物件購入で起きていた問題がなくなる。そういう意味で非常に便利で投資家にとって価値のあるサービス」。浦濱シニアモーゲージスペシャリストは、こう胸を張る。
浦濱純一・MFS コンサルティング事業部シニアモーゲージスペシャリスト
また「借入可能額を投資家が把握して、予算を決めて物件を探すという、このサービスのスタイルが広がれば、投資家が自分に最適な物件とローンを確実に見付けられるようになる」と説明する。
・健全な投資環境の提供と許容リスク提示の狙いも
MFSがバウチャーサービスを始めた狙いは、不動産投資で投資家が融資を受けられない問題の解決だけではない。
不動産投資を巡っては、不正融資問題が次々と発覚。原因の1つとして、不動産投資会社が売り上げを伸ばすためにローンの選定や申し込みなどに深く関わり、審査書類を改ざんして、金融機関の融資審査を不正に承認させたことが問題視された。
MFSでは、こうした問題を背景にサービスを普及させることで不動産投資会社をローンの選定や申し込みなどからの分離を促し「透明性が高い健全な不動産投資の環境を提供したい」(同)と考えた。また、投資家がどこまで借り入れができるのか、どれだけのおカネを投資できるのかという自身のリスク許容度を示す指針を作る目的もあるという。
バウチャーサービスは、現状では紹介できる物件が中古物件に限られているため、新築の区分マンションや一棟アパートなどの物件も扱えるように商品のラインアップを広げる方針。そのために「提携する不動産投資会社を増やす。新たに4社の獲得を考えている」と、浦濱シニアモーゲージスペシャリストは話す。
・不動産投資が核のプラットフォームを目指す
不動産投資分野で、IT(情報技術)を活用した新サービスを次々に打ち出しているMFS。今後は業界に横たわる課題を解決するために、さらにサービスの拡大を図っていく考えだ。
同社によると不動産投資には3つの課題があるという。まずは「不動産購入のプロセス」。これは物件選定後に金融機関に融資を申し込むため、審査の結果次第では物件購入ができないという問題だ。
次が「不動産投資会社による不正」。売り上げなどの追い求めることが原因で不動産投資会社が書類の改ざんを行ってしまう問題。最後は「投資家のリスク許容度」。自分のリスク許容度を把握していない投資家が、投資への期待から身の丈に合わない物件を購入してしまう問題だ。
3つの課題を解決するため、MFSは「ローン借り換え」「バウチャー」というサービスを矢継ぎ早に展開してきた。今後は、この2つのを核に、さらにサービスを拡充する。
具体的には、2019年度には不動産投資の関連サービスを強化する。目玉は「物件評価サービス」。取引事例などのデータを使って投資用不動産の適正な価格を導き出す。「これまでの物件評価はオープンになっていない部分が多かった。このサービスが実現できれば市場の透明化につながる」(同)という。
同社では、こうした取り組みを通じて、不動産投資を中心とした資産形成のプラットフォームを提供することを目指している。
「当社がプラットフォームとなり、ユーザー、不動産投資会社、金融機関を結んで、ユーザーや金融機関には新規借入、借り換えなどのサービス、不動産投資会社には業務支援サービスなどを提供し、それぞれの役割を明確にして専門分野に集中してもらえれば、不正防止にもつながるし効率化にもなる。そうすることで不動産投資業界の活性化を図っていきたい」。
浦濱シニアモーゲージスペシャリストは、こう意気込みを述べる。フィンテックを武器に不動産投資業界で新風を吹き込めるのか。MFSの挑戦は続く。
フィンテックで不動産投資業界を活性化 金融ベンチャーMFSの挑戦【前編】
※2021年6月に「モゲチェック不動産投資」はサービス名称を「INVASE(インベース)」に変更しました。
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