将来の相続対策、とりわけ認知症などで判断能力を失ってしまった後の相続対策として家族信託に関心をお持ちではないでしょうか。
認知症対策以外にもメリットの多い家族信託だけに、手続き方法など具体的な情報をお探しの方は多いと思いますが、それ以前に法的な手続きだけに「果たして自分でできるものなのか」という疑問もお持ちではないかと思います。
結論から申しますと、家族信託の手続きを自分でやることは法的に可能です。
しかし、とても専門的な知識を要する上に、家族信託の内容によっては別の相続トラブルを引き起こす可能性もはらんでいるため、ご自身で手続きをする場合には慎重さを要します。
今回は、
- 自分で家族信託の手続きをするメリット
- 自分で家族信託の手続きをするデメリット(リスク)
- 家族信託手続きに必要な情報
- 家族信託手続き完了までの流れ
- 家族信託手続きに必要な費用
- 家族信託手続きの注意点
など、自分で手続きする際の基本的な知識を解説したいと思います。
最終的に専門家に任せる場合であっても、知っておいて損はない情報ばかりなので、将来の相続に不安をお持ちの方はぜひ最後までお読みください。
「家族信託」について知りたい方は、以下の記事もご覧ください。
家族信託とは?1分で分かる「仕組み・メリット・注意点・やり方」
目次
1、自分で家族信託の手続きをするメリット
実際にやるとなると難しいとは言え、家族信託の手続きを自分でやることは法的に可能です。その場合、どんなメリットがあるのでしょうか。
(1)何といっても安上がり
家族信託の専門家というと、弁護士や司法書士といった法律家ということになります。こうした専門家に依頼をすると相談料や着手金、公正証書の作成に関わる代行費用などが必要になるため、信託財産に不動産がある場合は100万円クラスの報酬が必要になります。
しかし、家族信託の手続きを自分でやるのであれば、こうした専門家に支払う報酬が一切不要になります。法務局に支払う登録免許税や交通費程度で済むため、10万円程度という圧倒的な低コストになります。
(2)家族信託の内容を知り得る人数を最小限にできる
法律の専門家には守秘義務がありますし、日常的に同様の相談に応じていることもあるため、相談者が抵抗を感じる必要はないのですが、やはり他人に家庭内の事情を話すことに抵抗を感じる人は少なくありません。
自分(たち)で家族信託の手続きを終えてしまえるのであれば、家庭内の事情や信託の内容を知り得る人数を最小限に抑えることができます。
2、自分で家族信託の手続きをするデメリット(リスク)
自分で家族信託の手続きをすると、メリットの一方でどんなデメリットやリスクがあるのでしょうか。
(1)信託契約の内容によっては新たな相続問題を引き起こす
家族信託は主に相続対策として利用される制度なので、多額の財産をどう取り扱うかという人の運命を左右する作業でもあります。まだ制度的にあまり浸透していないこともあって専門家ですら不得手にしている人がいるくらいなので、それを素人がやろうというのはかなり難しい手続きをしなければならなくなります。
また、一番のリスクは信託の内容が将来のリスク要因を考慮できておらず、新たな相続トラブルを生んでしまう可能性があることです。
数十万円のお金をケチったばかりに数千万円クラスの財産で大問題を起こしてしまうのでは、あまりに割が合いません。
(2)手続きの不備などがあっても修正してくれる人がいない
先ほど専門家ですら不得手にしている人がいると述べたほど、家族信託の手続きには難易度の高い作業が含まれています。そのため、素人が最初から最後まで手続きを終えたとしたら、その途中で何らかの不備や問題点があったとしても、それを指摘したり修正してくれる存在がいません。
しかも、そういったリスクがすぐに表面化することはありません。何か問題があってそれが表面に出てくるのは、家族信託の委託者(財産を持っている本人)が本当に認知症になったりと、家族信託が本領を発揮するべき時です。その時になって重大な問題が発生しても、もう本人に判断能力がないので取り返しがつきません。
自分で家族信託の手続きをする場合は、前項とここで述べたリスクについて十分に留意しておく必要があるでしょう。
3、家族信託手続きに必要な情報
家族信託手続きでは、信託契約書という契約を締結することになります。その契約を結ぶにあたって、必要な情報を事前に収集しておきましょう。
(1)家族信託の目的
最初に、家族信託の目的を明確にします。相続対策の場合は本人が認知症などで判断能力を失った時に財産の管理を任せたいといった旨の目的を示すことになります。
(2)3人の当事者(委託者、受託者、受益者)
家族信託には、3人の当事者がいます。
委託者 | 財産を所有しており、将来の相続で被相続人になる人。今は元気であっても将来の判断能力喪失に不安を感じるのであれば家族信託で財産を託す側となります。 |
受託者 | 家族信託において財産の管理を任される人。信託登記という形で財産の名義は受託者に移転します。 |
受益者 | 信託財産によって利益を得る権利のある人。受託者との違いは、利益を得る権利はあるものの相続財産の処分などをする権限がないことです。 |
この3者は、それぞれ全く異なる人であるとは限りません。例えば委託者本人が判断能力を喪失した後の生活を守るために、委託者に対して自分を受益者として信託契約をすることも十分考えられます。この場合は委託者と受益者が同一人物となります。
(3)第二受託者と第二受益者
一次相続だけでなくその次の二次相続にまで意向を反映することができるのは家族信託の大きな特徴です。そのため、家族信託の当事者として第二受託者と第二受益者を指定することもできます。
子の世代だけでなくその次の世代にも財産承継の道筋をつけておきたい場合は、第二受託者と第二受益者にそれを引き継ぐという旨の信託契約を結ぶことになります。
(4)信託する財産の内訳
家族信託によって受託者に管理を任せたい財産の内訳を明らかにします。あくまでも家族信託は委託者と受託者の契約なので、強制的に全財産を信託しなければならないというわけではありません。
財産の一部だけを信託にしたいという契約内容でも構わないので、信託契約を結ぶ際にはどの財産を信託にするのかという内訳が必要になるわけです。
(5)信託期間
家族信託の有効期間を決めます。個人間の契約なので、最初に取り決めた期間を満了すると家族信託も終了となります。家族信託が発効した時に明記した受益者が亡くなった時点までといったような期間の設定も可能です。
(6)残余財産帰属先
家族信託が満了した後、もしくは家族信託に含まれなかった財産の帰属先を明確にしておきます。ただしこれは家族信託契約の段階で決めるのは難しいケースが多いと思うので、その時に改めて協議するという旨の記載に留めておくこともできます。
4、家族信託手続き完了までの流れ
家族信託に必要な情報の収集をしたら、次は具体的な手続きの流れです。時系列に並べていますので、この通りに進めていけば家族信託の手続きを完了させることができます。
(1)家族信託の目的と内容を話し合って決める
前章で家族信託の目的と内容についての情報が必要であると述べましたが、これは1行でサラッと書けるほど簡単なものではないでしょう。相続人にとっても自分の将来に関わることなので、十分な話し合いが必要です。可能な限り、誰もが納得できる形を模索して家族信託の内容を取り決めるのが理想です。
このプロセスをおろそかにすると、後でトラブルの原因になります。そうなると家族信託本来の目的が果たせなくなる恐れもあります。
(2)信託契約書を作成する
あらかじめ収集した情報に基づいて、信託契約書を作成します。ゼロから作成するとなると大変だと思います。いくつか信託契約書のひな形をダウンロードできるものもありますが、まだ家族信託という制度自体がそれほど一般的ではないため、契約書自体の形式もまだ確立されていません。この点も専門家の手を借りない場合はかなりハードルが高くなる一因ですが、家族信託についての本などを参考にしながら、必要事項に漏れがないかよく確認するようにしてください。
(3)信託契約書を公正証書にする
契約書は当事者が記名押印すれば有効になりますが、その効力をより確実なものにするために公正証書という方法があります。公正証書とは当事者が合意の上作成をすると、すでに裁判で確定判決が出ているのと同じ効力を持っているため、後からその内容について異を唱えたり内容をひっくり返すということは不可能になります。
公正証書の作成は、最寄りの公証役場で行います。そこでは公証人が相談を受け付けているため、公証人と相談をしながら公正証書を作成していくことができます。
公証役場の所在地や相談の方法については、以下のサイトをご参照ください。
【参考】
公証役場一覧(日本公証人連合会)
http://www.koshonin.gr.jp/list/
(4)信託財産を受託者に名義変更(信託登記)
不動産など名義の概念がある財産を、委託者から受託者へ名義の変更をします。この場合、単なる登記ではなく信託登記の形で名義が変更されるため、その財産が委託者からの信託財産であることが明記されます。
単なる名義変更ではなく信託財産なので、委託者や受益者の権利が侵害されることはありません。
(5)金銭を信託するための銀行口座を開設する
受託者は財産の管理を任されたのであり、財産をもらったわけではありません。そのため受託者自身の資産と別枠で管理をする必要があるため、銀行口座も分けて管理するのが一般的です。
信託財産に関するお金の管理をするために、専用の別口座を作ります。金融機関によっては委託者と受託者の名前入りで信託口口座という信託専用の口座を作ることができるところもあるので、もしそのサービスがある場合は信託口口座を開設しましょう。
(6)信託による財産管理の開始
ここまでの流れを経て、家族信託の手続きは完了です。以後は受託者が委託者の意向に沿って財産を適切に管理します。
5、家族信託手続きに必要な費用
家族信託の手続きで必要になる費用も気になるところだと思いますので、ここでは自分でやる場合と専門家に任せる場合の概算費用について解説します。
(1)家族信託の手続きを自分でする場合の費用
家族信託手続きを自分でやる場合、最も費用を抑えるのであれば以下の登録免許税だけで済みます。登録免許税とは不動産の名義変更などを法務局に申請する際に必要な費用です。こちらは専門家に依頼しても必要になるものなので、最低限のコストと考えて良いでしょう。
登録免許税の金額は、土地が固定資産税評価額に対して0.3%、建物は同じく0.4%です。例えば固定資産税評価額が1億円の土地を信託契約に基づいて名義変更するのであれば、登録免許税は30万円ということです。なお、土地の家族信託に伴う登録免許税が0.3%となるのは平成31年3月31日までです。延長の可能性はありますが、その期間終了後は建物と同じく0.4%になるかも知れません。
(2)家族信託の手続きを専門家に任せる場合の費用
次に、家族信託の手続きを一部または全部専門家に依頼する場合の費用も見てみましょう。自分ですべての手続きを完了することのリスクはすでに解説してきた通りなので、「不動産投資の教科書」としては一部であっても専門家の関与をおすすめします。
家族信託を取り扱っている法律家に相談段階から依頼をすると、おおむね以下の費用が必要になります。
- 相談料、着手金:50~100万円程度
- 公正証書の作成代行:10万円少々
- 公正証書作成:最低額3万円~
- 不動産登記:10万円程度
この中でやはり目立つのは、相談料や着手金といった曖昧な名目の費用です。ここに価値を見出せるかどうかが判断の分かれるところですが、すでに述べてきているように家族信託の手続きは難易度が高く、納得のいく家族信託ができるのであれば専門家にこれだけの費用を支払うだけの価値はあると思います。
3つ目の公正証書作成については公証役場に支払う費用なので、専門家の取り分ではありません。
6、家族信託手続きの注意点
最後に、家族信託手続きについての注意点を2つほど補足しておきたいと思います。
(1)信託契約書は公正証書にしておく
信託契約書を公正証書にしておく必要性についてはすでに述べました。「後になってひっくり返されないため」というのが一番の理由ですが、公正証書を作成することには、以下のようなメリットもあります。
- 公証人の関与で内容不備などのチェックが期待できる
- 不正に改ざんすることができない
- 再発行ができる
いずれも家族信託に限らず公正証書が持つ普遍的なメリットですが、どれも家族信託の内容をしっかりと確定させたい方にとって安心感のあるものだと思います。
1つ目の公証人関与は、専門家に依頼することなく自分で手続きをする場合には特に意識したいメリットです。ここで少なくとも一度、公証人という専門家が関与することになるため内容不備のリスクを軽減できます。
(2)信託の「30年ルール」に注意
家族信託手続きに必要な情報の項目に信託期間というものがありました。これは任意で決めることができる期間ですが、家族信託には法的に「上限」があります。その上限とは30年で、家族信託が発効してから30年後以降に受益者となっている人が亡くなると、その時点で家族信託の効力は自動的になくなります。
これは「30年ルール」と呼ばれており、家族信託の効力をどこまで及ばせたいかという検討をする際には知っておくべきことです。
まとめ
とかく「難しい」と言われることが多いため、自ずとハードルが高くなっている家族信託手続きについて、敢えて自分でやる場合の必要事項や手続きの流れを解説しました。これをご覧になって「やっぱり難しそうだ」と感じた方は、その印象に従って専門家に相談をすることをおすすめします。
そうではなく「これなら自分にもできそうだ」と思われた方は、1つ1つの手続きを慎重に進めていくようにしてください。