• 海外不動産
  • 2019/5/11

靴も履けなかった貧乏な農民が「中国不動産王」になるまで

中国,不動産王

中国の不動産王は日本とケタ違いのスケールがあります。

前回ご紹介した中国で最も有名な不動産王の素顔とは?に続き、今回は広東省のデベロッパー大手である碧桂園控股(カントリー・ガーデン・ホールディングス)の楊国強と、不動産大手の中国恒大集団(チャイナ・エバーグランデ)の許家印を取り上げましょう。(高野悠介・中国貿易コンサルタント)






今をときめく「2人の中国不動産王」とは?

2018年度中国房地産(不動産)ランキングという資料を参考にすると、

契約金額、1位・碧桂園、3位・恒大
利益金額、1位・恒大、2位・碧桂園

となっていて、両者はまさしく今をときめくトップランナーです。

彼らはともに貧農から、裸一貫のまま今の地位を努力と苦労で積み重ねて、社会的に認められるようになった人物です。

改革開放の最先端都市であった深圳周辺で起業した点も共通しています。

なお前回ご紹介した王健林の大連万達集団(ワンダ・グループ)は、それぞれ52位、43位に後退しています。

海外進出も進める碧桂園控股(カントリー・ガーデン・ホールディングス)

まず碧桂園控股(カントリー・ガーデン・ホールディングス)です。

2018年の業績は、売上5018億8000万元、前年比31.25%、のプラスでした。利益は485億4000万元、68.8%も伸び、極めて順調です。

同社は「新型都市化住宅開発商」とされ、商品開発に定評があります。

標準化された運営モデルで開発及び管理を行い、逆に商品では異なる需要に対応し、多元化された提案をしています。

2007年、香港市場へ上場。その後、2008年には全国展開、2011年には、海外へ進出します。

手始めはマレーシアでした。2015年には保険大手、中国平安の出資を受け、土地投資、営業、金融、コニュニティサービスで提携しています。

強者同士が協力し、地方都市でのハイエンド商品作り、一帯一路戦略、マレーシア戦略を推進しました。

「霊魂人物」と呼ばれた創業者の楊国強

碧桂園控股の創業者である楊国強は1955年、広東省佛山市順徳区の生まれ。放牧して田畑を耕す貧農の出で、17歳までまともな靴を履いたことがなかったそうです。

中学を出た後、セメント工や建築工に就き、月収180元で働きました。20歳のころ、地政府傘下の北滘建築工程公司に入社しました。

ここで有能さを発揮し、昇進を重ねていきます。90年代には総経理(社長)にまでなっていました。そのころ鄧小平の南巡講話(1992年1から2月にかけて、鄧小平が中国南部を視察して改革・開放を呼びかける講話を行った)があり、事業家には大きな未来が開けることになったのです。

楊はその熱気に乗って、碧桂園を創業しました。

楊国強は腰が低かったようで、その姿から「霊魂人物」と称されました。

自己主張が強い人物が多い中国においては、非常に希少価値というべき人柄ではないでしょうか。

すでに代替わりを進め、娘の楊惠妍は中国女性富豪ナンバーワンとなっています。

「品質こそ企業の礎石」中国恒大集団(チャイナ・エバーグランデ)

次は恒大です。2018年の業績は、売上4661億9600万元、前年比49.89%のプラス、利益は665億4700万元、79.6%の高い伸びで、こちらも極めて順調です。

「品質こそ企業の礎石」という考え方で、企業規模拡大とブランド力アップの両立を図って来ました。

成功の秘訣は、労力を惜しまず無私の姿勢で事業を開拓する、という企業精神のようです。このようにエゴがない精神は、中国ではやはり希少価値の高い存在とも言えるでしょう。

学術論文も出した創業者・許家印

許家印は1958年、河南省周口市に生まれました。

その翌年に母親が敗血症で死亡したため祖母に育てられます。

地元の高校を卒業後、2年間は農村のあらゆる労働を経験しました。

その後大学入試に挑み、武漢鋼鉄学院に入学します。

金属材料と熱処理を学び、河南舞陽鋼鉄公司に就職しました。ここではさまざまな課題を解決し、大活躍を見せます。しかし1992年、廃棄物処理業者を変えたことが汚職調査の対象となります。

彼は嫌気がさして退社、改革開放の熱気渦巻く、深圳の会社へ転職しました。

許は、この会社の不動産業進出へ貢献した後、その経験を生かし1996年、恒大を創業しました。

また理系の大卒であったため武漢大学の教授を引き受け、学術論文も発表しています。

2009年にはサッカークラブを設立し、今では中国スーパーリーグの強豪クラブとなっています。

まだまだ途中?彼らの「チャイナ・ドリーム」はどこまで行くのか

碧桂園は、2018年5月、マハティール首相のカムバックと共に中国の開発プロジェクトの見直しを進めています。マレーシアでの巨大都市開発は暗雲が立ち込めていますが、17歳まで靴さえ履けなかった男が一国の首相と渡り合う姿は、十分すぎる成功物語と言えるでしょう。

恒大は、電気自動車産業に進出しました。2018年以降200億元を投資し、産業チェーンを構築する計画です。2019年1月には、スウェーデンのEV企業、上海のリチウム電池メーカーを連続して買収しています。

楊国強、許家印ともに本当のチャイナ・ドリームを実現するにはまだ余力がありそうですから、今後も注目してみてはいかがでしょうか。

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