• 海外不動産
  • 2019/5/4

中国で最も有名な不動産王の素顔とは?

中国,不動産

中国では実業で成功した人は必ずといってよいほど金融部門や子会社を作り金融や不動産へ進出します。

そのため成功した金融王や不動産王は正統派の「お金持ちヒーロー」として、広く社会に受け入れられる存在になります。

中国の代表的な不動産王の代表的な一人をご紹介しましょう。(高野悠介・中国貿易コンサルタント).

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中国で最も有名な不動産王の素顔とは

中国メディアは、改革開放40年の総括を盛んに行っています。
その象徴的存在として思い浮かぶのは、不動産王から負債王へと変じてしまった王健林ではないでしょうか。

中国では彼を知らない人居ないほど有名な人物ですが、日本ではあまり知られていません。果たしてどんな人物でしょう。

王健林は1954年、四川省広元市に生まれました。父親は長征(1934~36年)に参加した元紅軍兵士だったため比較的恵まれた育ちでしたが、彼は兵士ではなく地方幹部となる道を選びました。

しかし文革により一転、厳しい生活を強いられます。

王はさらに新しい道を求め、年齢をごまかして15歳で陸軍に入隊します。翌年吉林省鴨緑江辺軍の偵察兵となり、活動の場は東北へ移りました。

その後、小隊長に昇進するとともにエリートコースと言われる大連陸軍学院に入学を許されますが、1986年、鄧小平による軍の大規模リストラの際に自ら手を挙げ退役してしまいます。

軍の世話した新ポストは大連市西崗区人民政府辯公室主任でしたが、王はそのポストを捨てて赤字の第三セクター、西崗区住宅開発公司の総経理(社長)に就任します。

ここでは立ち退きを伴う難しいプロジェクトを完成させたことで脚光を浴びることになりました。

さらに1992年、躊躇する経営者の多かった国有企業改革にも、三たび手を挙げ、同社を民間企業、大連万達房地集団公司に改組します。

万達の開発力とそのスピードは評判を呼び、各地方政府から誘致される存在となりました。さらに総合商業施設の「万達広場」の開発に取り組み、商業、文化、不動産、金融の総合企業へと成長して行きます。

そして王健林は、フォーブス誌の中国富豪ランキングで、2013年、2015年、2016年と3度の首位に輝き、中国富豪の象徴となったのです。

突然の暗転から復活するまで

また海外エンタメ事業でも2012年、映画館チェーンのAMCを、2016年には、映画制作のレジェンダリー・ピクチャーズ、欧州映画館チェーン、オデオン&UCIを買収するなど精力的に活動を行っていました。

また2015年には、スペインサッカーの名門、アトレティコ・マドリードの株20%を取得します。

こうして順調に手を広げていった王ですが、2016年で終わりを告げてしまいます。

その大きな一因となったのは、中国政府が人民元の下落を防ぐ政策に舵を切ったことにありました。

銀行からお金を借りまくって海外投資をしていた王健林は、突然人民元安の戦犯となってしまいます。

海外投資はおろか、国内資産の整理縮小まで迫られたことで負債王に転じてしまいます。

しかし本当のタフガイは諦めることはありませんでした。

王は資産の圧縮に努めた結果、負債を1700億元減少させ、資産を約4000億元(5兆3000億円)まで戻したのです。

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不屈の精神を持つタフガイこそ不動産王になれる

そして今年に入ってからの2019年1月、王は健康産業への進軍を発表しました。今後は広州、成都などの大都市で、国際的総合病院の建設に1500億元を投じる計画のようです。

これは負債の圧縮相当分とほぼ変わらないため「懲りないヤツ」と見えてしまう可能性もありますが、逆に言えば中国人好みの頼もしさを表しているとも言えるでしょう。

逆境にあっても決して諦めない。

王健林のような不屈の精神を持つタフガイだからこそ、大きな成功を自分のものに出来るのかも知れませんね。

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